くじらの卓上日めくりと、壁掛けカレンダーを作りました。よかったらご活用ください。
ふたつは裏面を印刷する際、用紙を裏返す方向が違うので気をつけてください。
日めくりは横向きに、壁掛けカレンダーは上下に裏返します。(10/30)



この間から貝殻焼成カルシウムを使ったこんにゃくを探し求めて?、手づくりこんにゃくが多い道の駅や産直をふらふらぶらぶら。どこにもなかったけど行くとこ行くとこでいろんな種類を買って、こんにゃくのメニューが増えて、こんにゃくが好きな夫は嬉しそう。
尋ね歩く中で、原材料に 「水酸化カルシウム」だけでなく 「水酸化カルシウム(こんにゃく凝固材)」と書いてあるのは、こんにゃく用に作られた自然由来の凝固材なので、化学物質ではないですよと教えてもらった。自然が何かまではわからなかったけど、安心できる優しさのある店員さんだった。LEDのことは、少し知っていた。(10/21)



まるで脚本があるかのようなふれあいに、最初はおっかなびっくりだったことを忘れてしまう。そんな出会いがちょこちょこ増えて、気づけば怖れがずいぶんうっすらと…。何も、しなければならないことはなく、ただすべきことに身体を案内してもらっている。(10/20)



日頃気にしていることで否定感情が強くなった時ふと、地球に負担がかかる、と浮かび、そこを後に進んでいける自分を少し不思議な気持ちで眺めていた。「復活」がUPされるたび心身根こそぎ…という感じで動きが出る、でも今までのように不安や怖れが巻き込まれたりせず、静かに去っていく。待ち望んだ未来に近づいてる、その実感がじわじわと…。(10/10)



近隣を歩くのがいつまでたっても好きになれなくて、どうにか歩いても頭が忙しくなる一方なので、歩くためだけに交通機関で市外へ出て、というのをしばらく続けてみた。すると思考の働きが変わってきたのか、実のない空想にどっぷりつからなくなってきた。そういう思考は続かない感じ。いつまでも自由にはさせない。(10/9)



前に何度か行ったことのある自然食品店を久々に訪れると、なんかスムーズに店長さんとLEDの話ができる流れになった。居合わせた子連れの若いお母さんも興味あると近づいてこられたので、ちょっと意気込んでしまったけど、以前よりは会話の主導権が握れたと思う。フォトブックはお店で興味のある人に見てもらう、チラシもあるだけ置いていってと言ってくれた。難しさは自分の中にある、少しずつ溶けている、心配は、いらない。(10/6)



人生で初めて、言葉が自分のものだった気がする。少しオーバーかもしれないけど、こんなふうに、話していて言葉と自分が一体になってる感じは今までなかったと思う。不思議で心地良くて、なんだかふわふわした。(9/26)



久しぶりに訪れた平城宮跡。ここでもLED雨によって生命力を奪われ、台風に耐え切れなかった桜の痛々しい姿があった。いつも気持ちよく歩けた広場は、ど真ん中に建築中の大きな建造物によって空気が重くなってるよう。なぜどうしてがむくむくしてくると、ふいに陽射しが強くなり身体を突き抜けてるようだった。たくましいー、と思うと少し足が軽くなった。ただ歩いていくだけ。(9/23)



ペダルを踏んでもぴくりとも動かないと思ったら、しっかりロックがかかっていたような…。いつまでも親子関係でぐずぐずしてたくはない。まず、いいかっこしてしまわないように! なんだけどここがまだ、、つい口をつく言葉は誰のものか。(9/22)



手ごわい背中のこわばりと目の重さがスーッと楽になったと思ったら、「再生(6)」が次々と…。ひと息ついたのも束の間、すぐ次が来る、否定感情を増幅させてしまう思考、もう繰り返したくない。思考を自分のものにする、と浮かぶ。(9/19)



ときどき車で通る川沿いの桜並木が悲惨な状態になっていた。前からLEDの影響ですごく傷んできてるのを見てたけど、なぜか写真には残せない場所だった。根元から倒れてる、太い幹が真ん中から折れてる、傾いてビニール紐を巻かれてる木も多く目に付いた。LED照明がなかったら暴風にも立ち向かえ、耐えられたはず…(9/9)



カラッポの冷蔵庫、やけに明るい。いらない感情がくっついたもの、ぜーんぶ出ていって、さっぱりしたみたい。(9/8)



台風の飛来物やもろもろで役所や関係各所を回ったとき、そこら中に見えない壁があるように感じられた。でもそこで右往左往してる時間はなかったので、引っ込むところは引っ込んで次へ行ってるうち、どうにもならない感じはなくなって、どうにかなるさがやって来た。電気が通って、日常が戻って、大きい画面でMEを浴びて、何かが漲ってくる。(9/7)



台風による停電が夜になっても復旧せず、ぽつんと取り残された感覚がよみがえるような、心細さに呑み込まれそうな感じがあった。孤独感は隙を突かれやすい。少し前にTVの防災特集で観た簡易ランタンをつくる。懐中電灯を上向きに固定して、レジ袋などの白いビニール袋をかぶせるというもの。あたりがほんのり明るくなって、ほっとした。(9/4)
(懐中電灯の上に、水を入れたペットボトルを置く方法もあります)



あまり望ましくない形でも、それは浄化すべきものとして目の前あるだけ。怖がることを恐れないというのはヘンな言い回しだけど、恐怖心が出てきても今までのように足がすくんで動けなくなるということはなくなった。だから、迷うことなく進んでいける。(8/29)



長く離れてても縁ある人は、かつてのときを共にしてたんだろうなと、告げられた言葉から思う。そのときの何ひとつ話し合うことはできないし、この先も感じあえる機会はないのかもしれない。でも今ここでは、LEDのことだけ知ってもらえたらそれで。(8/28)



 少しばかり肩すかし…、でも大丈夫、そこから始まってゆくものがある。(8/23)





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